今でも蝉が鳴いている。


出発直前の更新。
前回の更新から約一ヶ月。
もう夏も終わる。季節の境目。夏から秋へ。
生きる人の人生は刻々過ぎてく。地球の回転は止まらない。

鎌倉へ引っ越してきて、二週間弱。
季節は秋に差し掛かり始めている。
そのためか、こちらへ来て夜中に喘息の発作に三度見舞われた。
肺がひゅうひゅうとし始め、呼吸がスムースに行われない。
痰が気管に絡まり、排出しようと咳が止まらない。
咳をするたびに気管支部が炎症を起こしていうような感じ。
寝たいのに眠れない。体力は削られてゆく。

が、そのうちに安定して、眠りに落ちる。
起きるともうすっかり具合はよくなっている。
完治したかと思いきや、自分はこういう厄介な性質があるのだなぁと改めて感じるところ。
寛解という言葉がぴったりである。

近所に幼馴染が住んでおり、頻繁に会っている。そんなときは鎌倉を歩く。
18歳になるまで住んでいた時分と比べ、色々と変わっている部分も多い。
特に変わったなと思うところは若宮大路である。随分と洒落てる店が増えたものだ。
観光客も、当時は年寄りが多かったが、今は若者がレンタルと思われる浴衣を来て道を往来している。
駅に向かう際、浄妙寺のバス停にはわんさかと観光客がいて、バスに乗り込んでくる。

個人の暮らしの方だが、今までで最もと言っていいくらい怠惰な生活を過ごしてしまった。
時間はまぁ、たっぷりあったのだが、己に課している日課のヨガなど、まるで手につかなかった。
生活に制限がないと、ものぐさグルーヴが際限なくキープオンしていく。
些かの後悔もあるものの、仕方ないと達観するとこまではいかないにしても、別にいっか、と思うに至る。ときにはこんな心持ちも大事だろう。ま、ええやないの。テイク・イット・イージー、メン。

日々、将来の理想の暮らしを思い描いている。
生きているからには、やりたいことを全てやりたいと思う。
自分が生きた証を社会に残しつつ。
自分はまだ自分を諦めていない。何者かになりたい。
まだまだまだまだこのままでは終われない。
勝負して行く意気込みは強い。

自分の出来ること、出来ないこともわかってきた。
どんな特性があり、どんな暮らしに憧れるのか。何が出来て、何が出来ないのか。
約二年後に30歳になる。30から思い描いてることを実行し、己を全う出来るように暮らしていきたい。

その暮らしのベースはカリフォルニア(メンドシーノ)とタスマニア(ジャッキーズマーシュ)のスタイルだろう。
果実など、数年先を見越して毎年実るようなものを植えて、他にも様々な種類の植物を育てたい。
犬や猫もペットとして飼いたいし、鶏くらいまでなら育ててみたい。
米、大豆を自足したいし、季節の野菜、ハーブにも挑戦したい。
発酵食品や保存食作り、燻製なども作れたら楽しいだろう。
趣味の部屋(書斎兼音楽スタジオ)も欠かせない。
もしも、WWOOFのようなことが出来る規模であれば、ヨガルームも作りたい。
リトリートセンター、ゲストハウスのようなことも憧れる。
文章を書くことで自分を表現したいとも思う。
余裕が出来れば野外パーティーを企画したり、フェスへ出店もしたい。
自分のセレクトした物を取り扱う店にも興味はあるし、そのためにちょくちょく海外へ買い出しにも行きたい。
何よりも木工を始めて家造りから家具、小物まで挑戦したい。
林業にも興味がある。
ゆくゆくは熟練した職人になれれば。


30歳あたりから上に書いたようなことを始めていければ幸いだ。
豊かな暮らしはとこういうことを言うのではないだろうか。
物質や金銭に溢れることではない。
自然を尊重し、その中で生き、それを最大限活かしていくのが豊かさではないだろうか。
このような暮らしは東京ではとても出来ないことだ。お金がいくらあっても東京では不可能だろう。
こんなことをいつも夢見てる。実行可能な大きさで。
それらの実現を願って生きている。全部できそうな気さえする。

二十代の半ばまで、自分は恵まれていないと思っていたが、それは大きな勘違いで自分はとても恵まれていることを自覚した。こんな夢のある文章を書けるくらいに。
自分が憧れる人になろうとも。飽くなき挑戦へ、可能性を追求し拡張していく生活を。
常に心踊らせていこうではないか。漲る活力はそこからだ。



鎌倉、十二所、母のアパートより。







情緒、余すことなく

更新。
八百屋のバイトが一段落したら更新しようと決めていた。
先週の金曜日、8月4日でラスト。これで8月働くのはバーの方のみとなる。
これにて、気持ちが楽になる。八百屋が終わってからの始まった感。
やっと、不本意な労働ともお別れ。誰かを儲けさせるための手駒になるのはもう懲り懲りだ。

今回の日本滞在は、中身がなかったように思ってしまうが、それでも日々出来ることは自分なりにやっていた。これから先の動きも定まってきたように思える。
夜、バーで働くのはよい経験となった。接客を始め、色々な種類のお酒の飲み方を知ることが出来た。

今月の30日に引っ越しを控えている。これにていよいよ東京生活ともお別れとなる。
その前にこちらに来客ありで、思わぬボーナスのような、自分によい出来事がある。


9月15日、カリフォルニアへ行く前に次作の短編小説を完成させたいと思っている。

これからの予定は、カリフォルニア→日本→インド(12月から)→日本→カナダ(ワーホリ)を考えている。
これからワーホリする気力はオーストラリアの時点でなかったが、日本に滞在していた間にあちらでやりたいことも見つかり、最早楽しみになてきている。

今までのブログの更新で一番筆が乗っていないが、取り敢えず記録までに。



日本、東京、バビロニア


日常に埋没していました。
オーストラリアから帰国して早、4ヶ月。
日常がものすごいスピードで流れていく。
未だかつてない速さだ。特に週末はとんでもなくあっという間に終わる。
中々何も出来ない感覚がずっと続く。
そんな中に身を置いていると、我慢という時間だけが日常の大部分を占めているように思えてしまう。
ツイッターで、幸福量=自分のやりたいことをやってる時間×自由な時間
というものを見掛けたが、真にその通りだと思う。
現状八百屋で働いてるときは、やりたいことではなく、やらされていることなので
不満や勿体ないという気持ちが全面に出てきてしまう。

メンタルは下がったり持ち直したり。
けれど、やはり日常が煌めくようになることには出会えない。
が、先が見えているので取り敢えずそこまで頑張るしかない。

東京の生活は基本は楽しいが、飽和感がすごい。
+81という雑誌の中のインタビューでそういう風に言っている人がいて
前々から何となく、そう思っていたが、改めて実感する。
この中にいると自分も埋没していってしまう気がしてたまらない。
実は既に埋没しているのだが、このままでは終われないという気持ちは強く持っている。

生活に追われて、ダラけてしまう時間、ネットを無意味に見てしまう時間も
多いので、これからなんとかかんとか自分に打ち勝ってメリハリのある生活をキープしていきたいと思う。自我意識の征服、これが一番難しいことだと最近特にそう思う。何度反省してみても同じことを繰り返す。

将来へ向けて、自分の理想の生活に如何に近づけていけるか。
いつも、いつ何時も勝負の瞬間は日常から永遠に続いていく。

これからの予定。
八百屋バイトは7月いっぱい。
8月の頭にビパッサナー瞑想へ
9月15日にカリフォルニア。
12月からインドへ。

来年に西日本を回る旅に出るか、カナダにワーホリしようか迷っている。
海外へ行くのも悪くはないのだけど、具体的な目標がないと流れるだけで終わってしまう懸念がある。




 
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