dare to be different

日本を離れて、半年ほど。改めて思ってみるととても半年しか経っていないとは思えない。
ブログの更新はメルボルン以来。
2月の後半にこちらへ渡って、色々あったと言えばあったし、なかったと言えばなかったような日々を過ごしている。
前回のブログにこちらでの目標、お金を減らさないという項目があったが、無念にも現段階で全く達成できていない。
というのも車の事故を二回も起こしてしまい、車関係で大分お金を使ってしまったからだ。
タスマニアへ来た目的のひとつにファーミングにトライするということがあったが、それも達成できない雰囲気が濃厚に漂っているし、また自分としてもタスマニアでは働かなくていいやという心境になっている。
また、バッテリーチャージャーをメルボルンに忘れてしまったことがとてもイタくそのことを思うと心が萎えてしまうのも精神を弱気にさせている一つの原因になっている。写真を自由に撮れないことがここまでストレスになるとは。

こちらへ来てから、親友のHと合流して、ひたすらキャンプ三昧の流動的な日々を送っている。
その中でもナショナルパークへ行ったりと能動的な動きも多少はあるのだけど、ここのところは 流れに身を任せるような日々が続いている。
キャンプ生活は、やはり楽しくて学ぶことが沢山ある。タスマニアの自然の中で仲間とのキャンピングは何事にも代えがたい良い一時をなっている。
キャンプ中はやることがそんなにないだけに、考え事が中々捗り、その中で将来の動きを見据えることが出来てきた。
今回そんなことを思ってブログを更新してみようという気になった。
自分の中で将来に向けて、考え方が変化してきた。今までは海外への永住のこだわりが強かったがその気持が薄れてきたことだ。
今では、日本の田舎生活に強い憧れを抱くくらいになってきた。
海外で生活する中で、永住ビザの取得の難しさや、育ってきた環境以外で一生を終えることを考えるとハードルが高いように感じてしまう。
なにより自分は日本語、日本の文化が好きなのだなと認識を改めている。
が、しかし折角ある程度英語を覚えてきたので、日本にだけに留まりたくない気持ちは大いにある。
いつ日本へ着地するかはわからないけど、着地した際の具体的なプランが固まってきた。
田舎暮らしでの生活が定まるまで、3つのことをしていこうかと考えている。
①職業訓練校に通う。
自分の資質にそって考えると、ものづくりをすることに喜びを感じるので
木工や建築などの職業訓練校に行くのはどうだろうかと考えている。
まだ詳しく調べてないので何とも言えないが、きっとそのようなコースがあるだろう。
高校生時、工業高校の機械科に通っていたが、今思うと建築科に行っていればという思いがないでもない。木工と思ったのは直感的で、鉄などの無機物なものより有機物に惹かれる節があるからだ。
②家の解体や廃材回収の仕事をする。
友人で解体や廃材回収の仕事をしている人がいるが、様子を見ていると色々な物が手に入りそうなのである。将来、自分の住処を自分たちで作って行きたいとの思いがあるため、これが出来たら物事がより良い方へ向かっていくのではないだろうか。①のことと合わせて、使えそうなものを直したり、組み合わせたりして新しいものを作っていけたらと思う。
③古物商の資格を取る。
これもまだこの世界のことを深く知らないので浅はかな視点でしか予想することが出来ないが、田舎の方にはまだまだ、一昔前に日常的に使われていた古き好き道具が残されているのではないだろうか。
日本の一昔前の道具に興味がある。戦後、現代社会が築かれていくうちに使い道が失われつつある道具が多くあると思うが、それらはきっと戦前までの長い日本の生活の中で洗礼され実用的かつ美しいものが数多くあるのだろうなと想像する。

キャンプ生活を重ねて、自分の資質と今後の生活を重ねてゆくと、自分は現代社会では豊かに暮らすことが出来ないだろうなと予想が出来る。便利さは豊かさをもたらすかと考えると必ずしもそうではないなと強く思わされる。周りに自然があり、水と火が日常にあること。自分のペースで自分の時間を作っていくことが自分の思う豊かさに繋がっていると思う。
そう思うと、参考にすべきはやはりこれからのテクノロジーではなく、長い歴史を掛けて形成されてきた戦前の暮らしが参考になるのではないか。もちろん、今の社会の技術も大いに取り入れていきたいとは思うが。

その他にも、文章を書く。畑を持つ。店をかまえる(本、雑貨など)。キャンプ場を作る。アコモデーションを用意して興味のある人のこちらでの生活に触れてもらうなどのことも頭の中にある。

今の宙ぶらりんの生活に焦燥感や物足りなさを感じる瞬間もないわけではないが、これらの事柄が頭の中で混じり合い将来へ向けて理想的な生活を叶えるべく計画が醸成されつつある。

オーストラリアのこれからの動きは4月5日にメインランドへ戻ることになっている。
4月の終わり、5月の始め辺りにはバイロンベイエリアに行きたいと思っている。
タスマニアも自分に合うとこだとは思うが、バイロンベイ、オーストラリアのヒッピーの本拠地にも強く引かれている。
9月、カリフォルニアへ行く前には必ずセカンドヴィザを取得しておかなければ。

また、少々ながいスパンでの動きとして、この頃再びインドへ赴きたいとの気持ちも萌芽しつつあり、長期でアシュラムに滞在することに心が傾いている。

上に書いたことの他にも、やはり写真、音楽、意識を変性させる薬物については追いかけて行きたい。


タイトルは知り合ったドイツ人の女の子のタトゥーから。
この人のことはギリギリブログに 書くような内容の範疇ではないため、タイトルにこうして使わせてもらうことにした。この言葉が心に響いたときもあったのだよ。

2016年3月23日 タスマニア デロレーン セルキーの家にて。
  

スペンサーストリート

気持ちを整理するのに、このブログの存在は調子が宜しい。
と、いう訳でオーストラリアの感触を書き残しておこう。
1月1日にメルボルン着。キリの良い2016年のスタートとなる。
けども、年末年始の、日本人だからこそ知る独特の雰囲気とは無縁だった。
多くの人は、あのなんとも言えない、期待と焦燥、不安と希望が入り混じったような、それでいて、数日もすれば無くなってなってしまう儚い雰囲気が好きなのではないか。それを恋しく思い、日本人なんだなぁと改めて思った。

メルボルンの拠点はスペンサーストリート。この道に沿ったとこにあるマンションへ一時滞在する。
幼馴染が紹介してくれた場所だ。こういった繋がりは本当に助かる。
その地に赴いて、色々とガイダンスしてくれる人がいるのといないのでは大違いだ。
思った以上に多くの人がそこに住んでおり─自分を入れて7人かな─カリフォルニアから始まり、ずっと一人っきりだった環境から大きく変わり、慣れが必要なこともあったが、皆いい人ばかりで楽しく過ごすことが出来てる。
仲間たちはオープンマインドで外に開いているように感じた。自分がどれだけ内に籠っているのかと思わざるを得ない。こういった環境にいて、周りの影響を受け、自分も外に向かって行けそうだ!とポジティブな感触を得たりもした。

今は生活基盤を整えてる段階である。TFNを申し込み、銀行口座を開き、あとは携帯をゲットする。
それまでわりかし時間があるので、ゆっくりを暮らしている。金銭的に余裕がないわけではないので、それが精神的な余裕を生み出している。ありがたいことだ。
暇な時間は映画を観に行ったり、ビーチに行ったり、サウナ行ったりバスケしたりと。
こうやって日常生活をして、改めて思ったのだが、自分の英語のなんと情けないことか。
今まで勉強を無縁で行動力を頼りになんとかやってきたが、こうやって改めてこの問題が浮き彫りになるとそこに焦りが生じない訳にはいかない。もっとスムースに話せるようになりたいと強く思う。大事なのは自らの勉強とこれからの環境作り次第だ。

メルボルンはオーストラリアの中でもシドニーに次ぐ大都市なのだが、それにしては小さな街だなと感じた。アメリカと同じように歴史が浅く、計画して作られた地域なのだろう。
フリートラムの存在や公共施設の充実は抜群にいい。町並みも綺麗でたまに裸足で歩いている人もいる。拠点先のマンションにもプール、トレーニングルーム、サウナがついており、日本ではこんな暮らしは考えられない。
これから夏になるようで、日差しはカリフォルニアに負けず劣らずに強い。短パン半袖、楽な格好をして歩いてる人が多い。しかし風が結構強く、曇の日には半袖では寒いくらいだ。

こちらに来てから一週間が経った。今年の目標、オーストラリアでやりたいことをここに書きとどめておく。

車の運転、扱いに慣れる。
セカンドビザを取る。
英語の上達。(日本人と行動を共にしない)
貯金を増やす。

などだろうか。
二年目?やや先の目標として理想の暮らしへ向けて着想を得るため。
コミューンに住む。ウーフを体験する。などしていきたい。

あとはやっぱり全体的にパーティに行きたいと思っている。そこで出会う人達が一番気が合うのだろうから。

これからの動きは今月の終わりに、レインボーサーペントで一発かましてから、29日にタスマニアへ。
親友と合流し、アップルのファーミング?また、車を買うつもりだ。
2,3ヶ月はそこで暮らし、5月の始めを目指してバイロンベイエリアに向かおうと思っている。
まだまだ、先の動きが確定していないが、臨機応変に流動的によりエキサイティングな方に向かって動いていきたいものだ。

これまでずっと移動を繰り返して来たので、どこかに根を張って落ち着いた暮らしをしたいとの欲求も生じ始めている。

これからの生活で自分が自分の人生に調和していると完璧に思えるような、期間を作っていけたら理想的だ。


 

感謝(驚)

久し振りの更新。書きたい気持ちが戻ってきた。日記とは違う性質の文章を書きたいと思った。
書かなければ、という気持ちはなかった。
前回の更新から約4ヶ月ぶりとなる。悪くないタイミングだ。

日本を離れ、もう三ヶ月。今回は帰る予定を立てないで、海外へ飛び出してきた。
この感じはロンドンへ行ったときぶりだ。いや、あのときは二年後には戻るという感じだったか。
今回も一応二年というビザの縛りはあるものの、東京にもう住むことはない、という明確な意思がある。
今年も無事にカリフォルニアでの任務が終わった。あそこへ行けることに関しては、とにかく有り難いという感情が先行する。カリフォルニアへ行けること。
それがあるとないとでは、自分の人生にかなり大きな差が出てくるだろうと思わずにはいられない。
今年も山から降り、充分にショッピングを楽しませてもらった。
お世話になったカリフォルニアの友人たちには感謝である。

それと、ZINEについて。なんとめでたく完売したのである。予想以上に早かった。
ある本屋さんが40冊以上注文してくれたのである。それが最後の決め手となった。
渋谷の本屋さんに卸したZINEが、NYの本のアートフェアへ展示されたようだ。それをみたロンドンの本屋さんが先に出てきた本屋さんにZINEの存在を教えたという経緯があった。この様な繋がりにはただただ感謝である。
そしてなんとロンドンの本屋さんにもZINEが並んでいる。しかも、その本屋はロンドン時代たまに顔を出していた店だったのだ。天狗で出会ったSっちが偶然おれのZINEを発見してそのことをFBに投稿してくれた。なんたる偶然。この展開にはエキサイトせずにはいられなかった。
本当に今年中に全て売れてよかったと思う。今までの自分の体験、努力、生き方が結実したみたいで嬉しく思う。
買ったいただいた方、関わっていただいた方には感謝の気持ちでいっぱいだ。
ZINE第二弾。作る気満々である。タイトルまで既に決めている次第だ。そのタイトルを頭に入れて、これから始まるオーストラリア生活をアプローチしていきたい。

それと音楽の嗜好についての変化についても書き留めておきたい。
環境が人を形作っていくと思うが、音楽も同じで、いる環境によって嗜好が変わってくる。
少し前は自分の一番好きな音楽はサイトランスであったが、東京にいたときはやはりテクノ、ハウスが中心になっていた。サイトランスの難点は日常で聞けないことである。もちろん、日常で聴ける人もいるだろうが、自分には出来ない。やはり、パーティーで本領を発揮するし、そこで聴くのが真髄で一番楽しめる。今はマニラでレゲェ、ダブに首ったけである。それが昂じて一曲仕上げるにいたった。
https://soundcloud.com/yusuke_suzuki/kalayan-plasza-dub
カリフォルニアにいたときも一曲出来た。これについてもブログにポストすべきだったと思うが遅かった。その曲ももろにレゲェの影響を受けている。やはりBPMがサイトランスくらいになってくると日常になかなか入り込む余地がないのだけど、その点、レゲェは日常から楽しめる。
まさか、自分がレゲェにハマることになり、曲を作るに至るとは思いもしなかった。ジャマイカに行ったあとだってそんなことは思わなかった。そして今、またジャマイカへ行きたいと強く思う。
そして、特筆したいことがひとつ。今まであれだけお世話になっていたフィッシュマンズを今は全く聞かなくなった。まだまだ厳しい瞬間は訪れるものの、心境の変化があったのだろうか。
ブログを書く際、いつもタイトルについて頭を悩ますのだが、今までお世話になったフィッシュマンズへの気持ちをこのタイトルに選んでみた。 
日常に抑圧されて、エゴが出てくるとたちまち過去のことを思い出し落ち込んでしまう性質があるが、そんなときこそ忘れないでいたい気持ちでもある。

もうマニラでの生活も、最早仕上げの段に入っている。
当初はマニラ行きに関して、果たしてよい選択だったのだろうかと思いを巡らすときもあったが、今では来てよかったと思う。
ここでオーストラリアに行く前にワンクッション置く形でゆっくり時間が取れて、落ち着いた。
もし、ダイレクトで向かっていたら、精神的に慌ただしくなっていたかもしれない。
語学学校へ行くこともよい選択だっただろう。一日四時間しかまともに英語学習に取り組めていないが、それでもこれがあるのとないのでは、違ってくるのではないだろうか。
その学校も来週に3回いってお終いだ。その後、オーストラリアへ行くまではフィリピンの田舎の方へ足を伸ばす予定だ。やはり、初めて来た国は一度は田舎の方を見ておきたいもの。

オーストラリアでの予定は、1月の終わりにレインボーサーペントというフェスへ行くことが決まっている。そこでサイトランスの出番である。己を開放し、魂を新鮮に保つこと。となればそのときの音楽の出番はサイトランスしかない。他の音楽では決して辿りつけない領域がある。
2015年も残り二週間。2016年はオーストラリアから新たな生活が始まる。先の事が未定で決まっていないのは良いことだ。決まっている人生よりも刺激的で楽しいに違いない。何人かの友人とも再会出来るだろう。
仕事などについてはそのフェスが終わってから取り組むことにしようと思っている。
幸い、金銭的には直ぐ様働かなければ行けないような状況ではない。
その間、バンクアカウントを作ったり、車のことについて調べたり、あっちの環境に慣れていこうと思っている。オーストラリアでの生活はいったいどんなものになるであろうか。
実践し、学んでいきたいのは、カントリーライフの実用的なところ。そこんところもこれからの自分の人生で大きな割合を占めるのと思われるのでしっかり取り組んでいきたい。
ロンドンは人生を変えてしまうようなことが多かった。願わくば、オーストラリアでよい方向へ舵を取れますように。素敵な出来事、素敵な出会いがあるとよいな。
そのためには、やはり自分のケツをしっかり引っ叩いていかなければ。もうずっとやるせない自分といるけども、今度こそ、この機会こそそんな自分とお別れしたいものだ。


中学のとき、卒業文集に世界一周をしたいと書いた。さらに勉強より大切なことがあるんだ!ということも書いた。勉強という言葉の定義にもよるが、その大切なことというのは確実に大麻を含むサイケデリックスのことだった。学校では決して教えてくれない、人生に置けるとてもとても大事な要素。
話が逸れてしまったが、25歳のうちに世界中、全大陸を制覇することが出来そうで、これは子どものときの夢が叶ったと言っても過言ではないだろう。それを素直に嬉しく思う。

2015年12月18日22時50分。フィリピン、マニラ、カラヤンストリート近くのローラハウスから。


 
.
記事検索
QRコード
QRコード