もうここのブログもしばらく更新してなかった。
どんなにペースが遅くとも更新していきたいと思う。
ここにはここにしか書けないことがあり、
ここにはここでしか出来ない役割がある。

最近風邪を引いた。療養のため家でゆっくり本を読んでいた。
2周目のノルウェイの森を読んでいたのだけど、途中から「グレート・ギャツビー」に
切り替えた。
正直いって初めてグレート・ギャツビーを読んだとき全くと言っていい程感銘を受けなかった。
今、読み進めてなんとなく良さがわかってきた。
この作品は読者の成長と共に作品の節々にシンパシーめいたものが感じ取れるように出来てるのかもしれない。 シンパシーというのはとても素晴らしい感情だと思う。何故なら共感というもの程僕を励ましてくれるものはないからだ。本を読むとき僕は無意識のうちに共感出来ることを探し求めてる節がある気がする。


冒頭シーン、父から警句のようなものを言い渡される主人公ニック。

「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」 
「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと」

昨日この台詞の素晴らしさに心打たれハッとした。実にその通り。(何を基準にかは些か曖昧だし定義もしないが)これ以上の言葉はないんじゃないかと思う。
人には計り知れない様々な事情があり何人たりとも人を批判することは出来ないとさえ思わせてくれる。

実は僕は昨日批判されて少々むっとしていた。そんなときこの言葉を思い出した。
選択肢にないことは絶対に出来ないし、選択肢にあったとしても出来ないこともあるのだ。
批判する人は自分が出来るのだから言ってるのかもしれないが本人には出来ないことかもしれない。

しかし物事すべてにおいてこういう考え方をしていたら何時まで経っても何も出来ない… 
結局は人生はその人のものであり、全ては自分に返ってくると思う。すべての人がそういったリスクを持っていると認識することが大事だ。大抵の日本人はなんだかんだで(もちろん自身の力ではどうすることもできないようなこともあるが)自分の人生自分の好きなように歩んでいってるようにみえる。人生のこれまでの結果をみるのに一番手っ取り早い方法は自分自身の現状をみることだ。人生今までの積み重ねの結果はそこにいる自分自身。このモニターをみてるあなた自身他ならない。

 僕が生きていく上で、個人の圧倒的事情を少しでも飲み込んで世間と接することが出来たらと切に願う。
少々昔のことだが思い返してみると今までの人生僕自身が誰かを批判するとき相手の事情を全くと言っていい程考慮してなかったことも多かった。 



昨晩、宿から自宅まで約40分ほどの時間をかけて歩いて帰った。
そんな中思ったことがある。
みんなが素朴に疑問に思うよう僕も例外なく人生ってなんだろうなと思う。
人生の節々に置いて僕は僕自身に自問自答する。
昨日ある程度納得出来る答えが自分自身の中で導き出せた。
これを読んで他の人がどう感じるかはわからないが、
「人生は心のバランスを取り続けていくこと」だとふと思った。
良い欲求、悪い欲求どちらにせよ、欲求が生まれた時点で心はバランスを失う。
どんな人であれ日々、人はそれを満たすために動いている。


話は変わって自分自身の近況。
久々にこのタイトルのつけ方をした。もうこちらに住んで一年と五ヶ月が経とうとしている。
ビザが来月の2月に切れるのでこれからの行き方を今一度考えなおさなければならないポイントに来ている(もしくはもう、そのポイントは過ぎているのかもしれない)
が、しかしいまいち煮え切らない姿の自分がここにいる。
ハッキリ言ってどうしたらいいのかよくわからない。
周りには今後ベルリンに行くように公言しているが、ただのモラトリアムの延長なだけのような気がしてくる。もちろんそれだけではなく、いくつか、何故僕がベルリンに行くのか説明出来る理由もあるが。
日本に帰りたいという気持ちが一番強いのだけれども、今帰るのも少々恐ろしいものがある。

ここまで将来の動き方に迷ったのは高校生のとき進路を決めるとき以来のことだ。

自分はなにがしたいのだろう、どう生きて行きたいのだろう。到底簡単に答えの出ることではない。
しかし今、これからに向けて確かな輪郭を描いて行かなければならない。何時までも若いままではいられないし、辺りを見回した頃には『若い』は通用しなくなっているだろう。
これまで生きてて、楽観的に受動的に将来のことに見通しが付くだろうと甘く考えていた。
むしろそれが自分に合った行き方だくらいに考えていた。

ロンドンでの生活はそれはそれは素晴らしいものだった。この時点でこう断言できる。
間違えなく人生でのハイライトに入るだろう。
気楽で、楽しく、刺激に満ち溢れ、様々な国に回る。気の合わない上司との衝突もなければ、毎朝決められた時間に起きることもない。嫌々やらされる仕事もない。お金がある限りレコードや写真集を買う。先進国の恩恵にあやかって怠惰に過ごすことの幸せをも感じることが出来る。

話は少々脱線するが先進国に住んでいる人達の何割が南北格差に関心を持っているのだろうか…
生きる上で強く自覚しなければいけないことだ。先進国に住んでいる人達は貧しい国から搾取していると最低限自覚しなくてはならない。搾取の上で豊かな生活が成り立ってることがわかっているのだろうか…この問題については自覚はしていてもアクションを起こせない人が沢山いるだろうと思う。
もちろん僕もその中の一人だ。けど憂う気持ちだけは持ち続けて欲しいと勝手ながら思わずにはいられない。最悪、安くて美味しいチョコレートを食べながらでも構わないと思う。

この生活が終わって欲しくないわけではない。むしろもう十分すぎるのではと思う。
兎にも角にも高校生のとき進路に悩み続けたように今も悩み続けるしかない。
今、ネクストステップに進みたいととても強く思う。
こうしてブログに戯言を書いたことがどうでも良くなってしまうくらいの衝動、衝撃に身を委ねたい。

こうやって文章を書いているうちに今ここは自分のいるべき場所ではないような気がしてきた。