2012年07月

自己実現的人間の条件


自己実現的人間の条件です。大事なことだと思ったのでまとめました。

それと対抗文化から見た、主観的な感想です。



①「現実をより有効に知覚し、それと快適な関係を保っている」


②「自己、他者、自然に対する受容的態度」この項は、言葉でいえば簡単だが、じつは大変なことである。十分に、自分に満足しており、それだけでなく人を受け入れることができ、自然を愛しているーーー好きだといいながら、無神経に汚したり、壊したりするのとはちがうーーー人は、そう多くはない。


③「自発的な行動」日常の行動が、強制されていやいやにではなく、自分自身の意欲や意志でできるとどんなに気持ちがいいだろうか。


④ 物事に対して「自己中心的でなく、問題中心的である」


⑤「孤独、プライバシーを好み、欠乏や不運に対して超然としている」さみしがりやで、いつも人中にいたい。そのくせ、自分勝手でひとが何かしてくれないと、すぐに腹が立つ。何かがない、運が悪いと愚痴ばかり……の正反対。


⑥「文化や環境からの自律性」つまり流行や評判やまわりの意見、時代の価値観に振り回せれず、自分自身の目で見、考え、判断する能力。


⑦「人生の基本的に必要なことを繰り返し新鮮に、無邪気に畏敬や喜びをもって味わうことができる」特別なことだけでなく、日常生活も惰性で生きていない、食べること、歩くこと、見ること、人と話すこと……といった単純なありふれたことへの、生き生きとした感受性を持っている。


⑧「しばしば〈神秘体験〉や〈思考体験〉をしている」


⑨「共同社会感情で、彼らは、人類に対して……ときどき怒ったり、いら立ったり、いや気がさしたりするにもかかわらず、同一視や同情や愛情をもっている」


⑩「深い対人関係」


⑪「民主的性格構造」自分を大切にできる人は、ひとも大切にすることができ、自分もひとも人間としてまったく平等な価値や権利をもっていることを認められる。


⑫「手段と目的の区別」


⑬「哲学的で悪意のないユーモアセンス」


⑭「創造性」


⑮「文化に組み込まれることに対する抵抗」


⑯「確固とした価値体系」


⑰ 以上を総合したような「対立性・二分性の解決、欲望と理性の素晴らしい調和状態」、「健康人にあっては、利己的であることと利己的でないこということとの二分性はなくなる」


岡野守也著 トランスパーソナル心理学 第三章―成長の極限に向かって―マズローより 一部改変あり。



対抗文化から見た、主観的な感想

①は大麻やサイケデリクスがあった方がやりやすいと思う。シラフだけでなく、いくつか自分の中で知覚を持つことが出来れば、より現実に対してアプローチをしやすくなる。思い込みから逃れることが出来るので自身を自省しやすくなる。

⑥は日本人が最も苦手としていることではなかろうか。これを多くの人が分別していれば、大麻問題などは早期解決へとつながるだろう。

②、⑦、⑧、⑨、⑩、⑮、⑯はLSD、キノコがあれば捉えやすくなる。②自然の中でサイケデリクスを取れば、自然は大切にしなければならないと直感で立処に理解出来る。⑦トリップ中は開放された知覚において全てが新鮮に感じられるだろう。その感覚はトリップ後も継続する。⑧トリップ自体が神秘体験です。⑨グットトリップを体験すれば「人間は根本的なことではみんな同じ」という実感が持てる。⑩共にトリップした者、または体験者同士は深い仲になりやすい。

サイケデリクスを取れば自然と⑮のようになるでしょう。

また、直感的洞察能力の向上と感情が日常生活では考えられないほどピュアで力強くなるので⑯も築きやすくなるでしょう。


また⑰の「対立性・二分性の解決」はスパイラルダイナミクスでいうイエローミームから上のミームの特徴と共通していると思われます。



ちなみに著者の岡野さんはサイケデリクスに対して否定的でした。


しかし、トランスパーソナル心理学はサイケデリクスを取った状態と非常に共通点が多いと思いです。そこから始まった学問と言っても過言ではないでしょう。サイケデリクスは中毒性がないのでそこに反作用はないと考えます。セット&セッティングをしっかりと意識し、自己及び他者に迷惑をかけないよう心がけましょう。これは極端な例ですが、強烈なバッドトリップは使用者を自殺に追い込むこともあるようです。トリップ前は神聖な気持ちで待ち構えると良いでしょう。バッドトリップに陥ったときのことを考え多少の覚悟は必要でしょう。しかしそれから何を学ぶかはその人次第です。少なからず、スピリチュアリティに目覚めることは間違いないので多少、現代社会の枠からはみ出す可能性があることを事前に知っておかねばなりません。但し、グットトリップを体験後、そういった意味で体験を後悔している人の存在は未だかつて聞いたことがありません。

trance party

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近況とこれから



こちらに文章を書くのは久しぶり。

メンドシーノの山の中にいたときと同様、ネットが繋がらなくて時間があるので毎日、日記を認めている。
そのため、書く欲はそちらの方で満たされていたのでこちらを更新する機会がなかった。


今回、ここに書こうと思った動機はやはり、定期的に更新していきたいのと浜松に来て半月、15日たったから。そしてこの先どう動いていくか、今一度整理したいと思ったからだ。


まずは、こちらの現状。

住んでいる部屋にはテレビもネットもない。ネットがないと暇で仕方がないと思うときもあるが、無駄に時間を消費しないで済むという利点もある。なので自由な時間は主に本を読んで過ごしている。たまに英語の勉強もする。

幸い、近所のホテルに行けば無料でネットを使うことが出来るのでとても助かっている。平日はそこに行く事はないが、休みの日に利用している。

寮の周りには中くらいの本屋と小さいレンタルビデオショップがあるくらいで他に時間を潰せそうなところはない。昨日は図書館へ行ってみた。場所は地図上でいうと工場の裏にあった。これで手持ちの本に飽きても問題はないだろう。


仕事はというと拍子抜けするくらい簡単で中身はないが、苦にもならない。

7月いっぱいは平常勤務で8-17時、月~金曜働いている。

しかし、貯蓄が目標でこっちに来たのでこの勤務体制だと給料が少なくなってしまう。これはなかなかの問題で頭をやや悩ませている。


半月暮らしてみて、ここの暮らしはなかなか悪くないと思う反面、ここにいられるのは三ヶ月が限度かなとも思う。それは何故かというと、とにかく精神が高揚する機会がないからで、これに対しての欲求が日に日に積もっていくのがわかる。

自分は自身の精神を高揚させる。ということに人生の主眼を置いているのでこの状況から抜け出したいと思わずにはいられない。

さらに友達、自分が焦点を当てて思っていることを、気軽に話せる相手がいないという環境はなかなか辛いものがある。

やはり、ここに集まっている人達はどちらかというと建設的ではなく、主体性を持っている人は少ない。刹那的に生きて、結果流れてここにやってきたというような人が多い印象を受ける。


ここからはこれからの話。

自分の人生を生きるに当たって、どういった選択をすればベストか、やりたいことが出来るかを考える。とりあえず、カメラを買ってオーストラリアに行こうと思っていたのだが、それが一番良いのだろうか。カメラは買うにしてもオーストラリアに行く事を再考しなければならないような気がしてきた。それには自分の年齢が関わってきているように思える。オーストラリアに二年行ったとするとそのとき自分は25歳になっている。20代の前半がそこで終わるのだ。だからと言って、オーストラリアに行く事に変わる、これだ!と自分の中で強い確信を持てるような選択肢はない。物事を選択する際大事なのはこの気持ちの度合いだと思う。


あまり貯蓄を持ち合わせていない状態でオーストラリアに行き、過ごしてもステップアップ出来るのかと疑問が残る。少し前はオーストラリアは修行の日々として慎ましい生活をしつつ、オーストラリア後のことを考え貯蓄をしようと思っていたのだが、最近は上にも書いた通り年齢的なことを考えたりもする。今になってみればロンドン生活の後半はまさに金銭的な問題を抱えていたと思う。金銭的な制約を抱えながらどう過ごしていくかはこの社会に生きている限りつきまとう問題だが、折角長期で海外に行くのであれば整った良い状況で行くのが望ましい。

ある程度、金銭的に余裕がある状況であちらに行く事が出来れば山の写真を撮りたいと思う。
今、一番なにがしたいかというと写真を撮ること他無い。


とりあえず、ここには最低でも半月と二ヶ月いるのでその間じっくり考えてみようと思う。
やはり、文章を書くことは気持ちを整理出来ると思う。

 

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