ぼやき

どうにかこうにか、なんとかかんとか。


前回の更新から実に4ヶ月ぶり以上である。
かなり間があいたなぁ、、、と思ったがこのブログはそんなもんなのかもしれない。
大きく気持ちを残したいと思うことなど、春夏秋冬に合わせて一回ずつくらいかもな。

前回の更新時はイエローナイフにいた。
そこから、カリフォルニア、台湾、九州、そして和歌山を経て
一年三ヶ月ぶりにやっとこさ、地元の鎌倉に戻ってきた。
こうやって書いてみると、色々回れているよな〜、と。
自分なんて…と思うことも多々あるが、書き出してみたり、なんかのきっかけで
自分もわるくないなぁ…と思えることもある。
しかし、自分なんて…と思うこともまぁまぁ大事なのかもしれない。
満足することは幸せに直結しているが、満足させないことも先へ進んでいくには大事な気持ちだ。

今回、書き留めておきたいのは和歌山でのことだろうか。
初、日本での季節労働。この話が回ってきたタイミングがまさにパーフェクトだったと感じる。
親友であるHから回ってきたのだが、HはYくんからこの話を受けた。
しかしHは、最近始めた翻訳の仕事が忙しいらしく、おれに回ってきたのだった。

帰国当初は、自分から色々と探さなきゃいけないなら、なんだかなぁ〜
という気持ちであったが、友人経由で話が回ってきたのことで乗り気になった。
そして、九州大分で親方の家の見学をしたのち、フェリーで大阪へ、その日に大阪在住のKさんからその日の晩トランスパーティーがあると言う話を聞いて、それに参加してから和歌山の藤並へ行ったのであった。
みかんを始めた5日後に免許の更新があり、地元へ戻らなければならないということもあったが、これも後から思い出してみればよいタイミングだった。

みかん自体もとてもいい経験となった。
人間は働かなくては生きていけないのだとしたら、体が元気なうちはこういう仕事をしていきたいものだ。
太陽のリズムと共に、自然の中で汗水垂らし、自然の恩恵を直に感じられるようなことが。
今年は例年に比べて雨が少なく15連勤で大変なときもあったが、どうにかこなせてホッと一息。
和歌山のことも色々と知れて、それも勉強になった。長年会いたいと思っていたRさんともついに顔を合わせることが出来、みかんの後では家に遊びに行かせてもらった。
Rさんの住んでる場所は使っていない古民家があり、敷地内に小さめのフィールドが2つあり、なにか有効に使えばとてもよく機能を発揮しそうなポテンシャルを秘めていそうな土地であった。
しかし、Rさん一人だと手入れが追いつかないようで、持て余し気味にしているようだった。
どうにか整備して、よい場所になって欲しいなぁとの衝動も湧いてきた。
次に訪れたら、何日か泊まってお手伝いをすることになるであろう。多分、こういったことを続けていくことで自分の人生が回っていくのではないかというそこはかとない予感もする。

今年はカリフォルニアにての入りが例年に比べて半額以下になったこともあり、本当にみかんをやってよかったと思う。

それは、関西のアンダーグラウンドシーンのフェスティバルに参加したことも大きな収穫で、その思いに拍車がかかった。
一言で言えば、関東より熱いし、関東より肌が合うんだな。
なんなんだろうな、この感覚は。集うヒッピーマインドを持った同士も関東には現れることのない人がとても多いように感じた。

てな具合に和歌山滞在はとても勉強になることが多い実りのある滞在期間となったのだった。

そして現在は東京編である。12月27日に戻ってきて、はや4日。
東京に出てきたのは29日である。この日は地元の友達と再会してから大船で五年ぶりくらいにケータイをゲットして、早速三茶のバーに入る。実にバーテンダーを務めるのは一年以上ぶりであった。
いきなりオープンラストで入ることになり、10時過ぎにはへばり始めて大変であった。
その後、その場で16時くらいまで寝−−−信じられないような話だが、このときまだ音楽が鳴っていたのだった。この界隈のパーティーピーポーの遊び方は一体全体どうなっているのだろうか…17時過ぎまでやっていたようだ……−−−歩いて下北沢の古本ブックカフェへ。メンバーのいくつかが集まり忘年会的な雰囲気が味わえてよかった。
バックパックをバーに置いていたので、戻り、茶沢通りの銭湯へ。そこから日本にワーホリしにくるSを迎えに羽田空港へ向かった。そこで一晩明かし、Sが15時に白馬行きのバスに乗るというので、それまでの時間を潰すために漫画喫茶へ。Sと別れた後、次の予定が御岳山に初日の出を見に行くというもので年明け後のAM3時に武蔵境集合とのことなので、中央線が新宿から出てるということもありそのまま新宿で、そのときを待つことにした。そしていま現在キーボードを打っているデニーズにたどり着いた訳であった。書き出してみると実にインテンスな動きをしているなぁと、改めて感じる。
まさに東京サバイヴである。
Sに対して複雑な気持ちを抱いており、会うのはタイミング次第だなと思っていたが、やっぱり会ってよかったな。この日はやんわりしたほんわかな思い出に変わって長く心の裡に残る予感をはらんでいる。

鎌倉に帰るのは5日になりそうだ。それまでこういった生活が続いていく。大変なことだが、楽しく充実もしている。とにかく会える、会いたい友達に片っ端から会っていくという!

さて、このブログのメインの目的とも言えるこの先の予定だが、当初は3月、春風が終わったら関東を離れるつもりでいた。が、それだと無職の身分なのでお金がガンガン減っていってしまうだろうとのことで、3月中に関東を離れる予定でいる。また4月に京都のお茶畑で働きたいと思っているので、道中友達に会うためにも3月の一周目か二週目には出たほうがよいだろう。

この間にバーでのパーティーを1月2月に一回ずつ。ブックカフェでのイベント。2nd Zineの制作。
軽トラキャンパーの制作をこなしてきたいと思っている。そして、2月の二週目から二度目のヴィパッサナー瞑想、奉仕での参加。

果たしてこれら全てを達成できるのだろうか?
今の感じの流れで行けば全てうまくいくような気がする。

ふ〜、文章の良し悪しは別として、こうして書き出すことで気持ちにかなり整理がついたような気がする。30代は20代に比べてますます楽しくなっていくことだろう。間違いなく。

楽しいと思えることしかやりたくない!いよいよ始まるな!いや、もう始まっている!
全てやってやんぜ!モチベーションは充分に漲り、放たれるのを待っているだろう。

どうにかこうにか、なんとかかんとかの人生だけど、どうにかこうにか、こうにかなんとかかんとかな感じがポジティヴさを伴っている。有り難いことである。きっと思いが届く範疇にある。

南新宿駅近くのデニーズにて。5杯目のドリンクと共に。
まさかこんなとこで年を越す事になるとは思わなかったダスよ!


募る気持ちにまかせて


やってきました。このブログの出番が。
ふと、書いてみるか。
とどこからかやってくる気持ち。
そのタイミングは自分で自ら起こせるわけではなく、ふとした瞬間に訪れるのでそれが起こったときにすっと自然に行えるようにしたい。

これはこの文章を書くことに限ったことではない。自ら起こす全ての行動においていえることかもしれない。
とにかく、常日頃それに対して心の備えを保っておくようにしたい。そうすることによってきっと向こうの方からやってくるのだろうから。

イエローナイフに来て8ヶ月、季節を3つまたいだことになる。
やはりここの夏は、自分が今まで経験してきた夏に比べると夏と呼ぶのも頼りなくくらいの気温で
曇ってたり、日陰や家の中にいると寒さを感じることもあるくらい。8月にも関わらず一度ヒーターを使ったこともあった。
夏が季節の中で一番好きなので、こんな感じの夏に物足りなさを感じる。夏はたまらなくなる暑さを感じたいと思うと蝉の鳴き声が恋しくなってくるくらいだ。
常にパーカーを持っていないと対応できないような夏に、頼んますよ〜、とでも言いたくなってくる。

去年の夏はインド、京都にいた。どちらもとても暑く季節を感じさせ、四季の一つに心を躍らされた。
京都ではヴィパッサナー瞑想を初めて受けてそれから一年経ったことになる。
ヴィパッサナー瞑想に参加したことはとても実りが多く、それをきっかけに人生や日々の生活についての気づきが増えていったように感じるし、その感じ方の質も変わってきいるかもしれない。
なので、これからもダンマの道と言ったら大げさなのかもしれないけど(いや、そんなことはないか)自分の中でそちらへの方向は示されてるように感じるので、一歩一歩着実に歩んでいきたい。

瞑想は、即効性のようなものはないかもしれないが、やっていると確実にゆっくりと長期に効いてくるように思う。
今になってみても、ヴィパッサナー瞑想に参加してみてつくづくよかった。
日記を書くように毎日ピシッと瞑想しているわけでもないが、一週間も瞑想をしていないなと気づいたときには瞑想をしたくなって実際にやっているくらいのペースになった。
最低20分、長くて40分が自分の中でお馴染みの感覚になってきている。たまに瞑想をしないとマインドや思考が浮き立つ感じがあって、瞑想してみるとやってよかった〜と必ず心が落ち着く。
こうやって自分に向き合うことをしないと、本当に自分が望んでいることやそれが自我からくるものなのか見極めづらくなってくる。
それを正しく選別できたとき、必ず人生は豊かに幸せに満足度の高いものになっていくのだろう。

イエローナイフ生活はいかに自分を律することができるかに尽きたな。と、ここから去る一ヶ月前になって思ってみる。
それは2019年の目標に掲げていた『丁寧に生きる』に重なっていた。自分を律することになしに丁寧に生きることはできない。
もしそれを実践すれば日々気持ちよく行きていくことができるだろう。自分の気分を自分でよくし、自分の機嫌は自分で取る。

前回の記事にも上にも書いたように、ここの暮らしは一人の時間が長かったので、それを実践する時間は沢山あった。そして、今思い返してみると、そんなに成績は悪くなかったのではないかと、ポジティブに解釈できている。
この期間があったからこそ、瞑想やヨガへの取り組みに自分一人でじっくり向き合うことができたのかもしれない。
環境によってできること、できないことはあるので――自分で選んだ道とはいえ――与えらた中でできることを精一杯、誠意を込めてやっていくしかあるまい。

12月日本に帰って、年が開けたらいよいよ30代へと突入する。20代は存分に生きさせてもらった。自分がどんなに恵まれた星の下に生まれたかよくわかった。本当にありがたいことである。
もう本当に今まで色々な体験ができたなぁと思うのだけど、それがこれからこの先の自分にとって全部準備のようなもので、これからいよいよ本番が始まるのだ。というような気持ちが強く、未来にこんなにも可能性を持って目を向けられるというのは、この生き方をさらに磨いていけばきっと大丈夫、うまくいくのだろうと思いが湧いてくる。
果たして10年後の自分が一体全体どんなことになっているのか楽しみだ。
どこまで突き抜けられるのだろうか。
きっと制限はないのだから、心の精妙さを無限の方角へ向かって広げて生きたい。

ここ、イエローナイフにて募りに募った気持ちに任せて次の場所へと行こう。
ジブコの家、自分の部屋より。

どうにか余裕でこなしてる


前回の更新からだいぶ経ってしまったなぁ。
実は一回更新してみたんだけど、まるで中身のない内容になってしまったので公開をやめたのだった。

んで、それから4ヶ月は経っている。その間、なにかあったのか…?
いや、それがなにもないんだな。心に響くようなことはなにも…

仕事のことは毎日コミットしているので、 日々少しずつ変化があったり面白いと思うこともある。
けれどそれは日記に書いているし、ブログに書くようなことではない。

それではプライベートの方はどうなのか…
書くことがないということはなにもないのであった。

イエローナイフに来て日々を送っているが、正直退屈極まりないよね。
友達は数人できたけど、同じ目線で趣味や興味を共有できる人には出会うことはできなかった。
それがとても物足りない。ちょっと、というかかなり残念なことではある。

その代り自分の時間はまぁいっぱいあったな。もう過去形にして語ってるけど笑
一人は楽だけど、やっぱり寂しいものだ。
こんなに無味乾燥なプライベートを過ごすのはもしかしたら浜松にいたときぶりかもしれない。
まぁ状況はそれに比べれば遥かにましなのだけど。

けれど、これ以上の選択肢があっただろうか。
そのとき一番の動きだったし、これ以上はなかったように思う。
ベストを尽くしたからこれ以上どうしようもないんだけれどね。

上に書いたことを思うと自分から辛い選択をしてるのではないんじゃないかとも感じる。
でも自分にはこの道しか選ぶことはできないね。


実際、ピークは最初の仕事でスノーモービルに乗ったときだっただろうか。
そのときは、これからもっともっと劇的な体験が待ってる!みたいに思ったけれど、それがピークだったという笑”

オーロラも一回見て、素晴らしく綺麗で感動したけれど、こんなもんかというような気持ちにもなったし、それ以降も自分から積極的に見に行こうみたいにならなかった。
冷めてるよね。心のどっかが。というか、もう一人で味わう感動に物足りなくなってる。
もう一人だと何を見て感じても興が乗らない。この感じは前回も旅で嫌というほど味わった。

そう結局たどり着くとこはいつもそこだった。けれど、孤独になってしまうんだよなぁ。

母から誕生日に受け取った手紙に「今までの人生よりこれからの人生の方が長い」と書いており、些かはっとする言葉だった。

自分でもそれをどこかでわかっていたから今みたいな生き方してるんだよな。
30歳までは海外にいよう。それまでにしかできないことがあるし、今それをしている。
そう決めて、その先の人生にかけてる。だから孤独な生活でも、自分の(だいたい誰にとっても)一番欲しいところの感情を犠牲にしている。

逆に姉貴みたいに生きてたら、それはそれでよかったのかもしれないけど、もっともっと一般的な、日常に埋没すつようなマジョリティな感じの人生になっていただろうけど、やっぱりそれはまだ、自分の望むところではないので、今の生活を最大限に活用するしかない。
半分以上終わったけど活用できたかな…?日々日々自分に問いかけて言い聞かせてしつけ用とはしてる。

こんなんじゃ駄目だという気持ちが強いけれど、まぁよくやってるよね。本当に。


さて、景色はすっかり変わって雪はもう何週間も前に完全に消え去った。6月になった今も一度雪がふったけれど、もう積もることはなくなってる。
長い冬の間雪に隠れていた木々も、春の兆しに反応して新緑が芽吹いた。これをみると感慨深い気持ちになる。凍てつく冬季を乗り越えて、命を輝かすサイクルに入ってゆくその姿。葉が太陽の光に当たると黄色が強い緑色に輝く。そして一日ごとに葉っぱが大きく、濃い緑色へと変わってゆくのだった。

景色の描写をブログに書きたかったのよね。でもそれを愛でたい距離で共有できる人はいないのであった。

ちなみにもう英語の勉強なんか全くと言っていいほどしなくなったわ!
アイシールド21全巻呼んだ瞬間に勉強期間は終わりました。

皮肉?なことにこのブログ、隣の部屋から、交わりの声が聞こえてくる中で書いたのであった…



数日前に曲ができたので、貼っておこう。
https://soundcloud.com/yusuke_suzuki/own-psychedelia
もうずっとパーティーも行ってなくて、パーティー抜きの日々、みたいな気持ちをタイトルにしたかった。しかし、いい塩梅の言葉が思い浮かばず、パーティーはないけれど、制作に打ち込むこと、自分自身の小さいパーティーをやってるではないけれど、それに向かってのアプローチはしているという意味を込めて『Own Psychedelia』というタイトルにした。
ミックス、音の詰め、制作終盤に向かって甘くなってしまうことが多けれど、今回の一曲は今までより一味違った手応えがあってように感じられ、少しだけ(自分自身の中でということだが)成長を感じられた。


イエローナイフでの生活も残すとこ二ヶ月半である。
そろそろ先に向けての動きを決めていかなければならない。
ぼやぼやしてるといつの間にかそのときが来てしまう。

サスカチュワンにいるシンさんに会えたらいいなぁと思っているがどうだろう。
それとヴィパッサナー瞑想にもカナダにいる間行きたいと思っている。

はぁ、となんだかため息が出ちゃうけれど、書き始めたら心の赴くままにキーボードを叩くアクションが続いたのでよかった。

次に日本に戻ったとき、人生どうなっちゃうんだろうな〜
大まかには決まっているけど、細かいとこは着地しつつ状況を見極めつつやっていくことになるんだろうな。何も決まっていないということは、とっても自由だけど、ちょっとした不安もあるけど全然どうにかなっちゃうことでしょう◎

イエローナイフ、そんなこんなで、どうにか余裕でやってる。

縁取られてゆく気持ち


 気持ちっていうのは、本当に自分ではコントロール出来ないなと思う。
そんなにやっきになって制御しようと思ってる訳ではないけど。
なんだか、自然に自分が導かれる様を不思議に思う。
暇な時間があれば、文章書いたり音楽作ったり、読書をしようと思ってるのだけど、今の生活はそれらに向いていかない。
そう、あんなに好きだったトランスも能動的に聴くことはとても少なくなったし、パルヴァティからの新譜も全然心に響かなくなってしまった。
では、何をしてるのかというと、時間があるときは英語の勉強をしていることが多い。
仕事先が完全に英語環境なのだけど、自分の英語の拙さにずっと情けなさを感じている。
死活問題までとはいかないけど、もうちょっと出来るようにならないとしっかり働くことは難しいんじゃないかと常々感じている。
こういった要因が大きく、自然と英語の勉強をするようになった。

話は変わりまして、昨日やっと12連勤が終わった。
一昨日、仕事に行く前にKをピックアップしようと思い、彼の駐車場でトラックをバックさせていたとき、隣の車に車体をぶつけてしまい、運転席側のサイドミラーを壊してしまった。
もう起こった瞬間が「げぇ!」って感じだったけど、そんなに気持ちは焦らない。もちろん、悔やむ気持ちは、事故を起こす前に戻りたい!と思わずにはいられなかったけど、ロンドンでカメラを盗まれたときのように、起こった出来事に対しては了承する気分になってた。
まぁ、流石にその日の午前中は気分が塞ぎ込みがちだったけど、Vに励ましてもらったり、Kも優しくてずいぶん助かった。

んで、次の日、ボスのDがトラックの見積もりの修理代を徐に渡してきたのであった。
それに目を通すと1134ドルとのこと。まぁ、これを支払わなくてはならない流れになりまして、先週、土日を返上して働いたのに、それが全くのパーになってしまって、気分は落ち込むよね。
自分は昔からポカなミスをやらかすことがとても多い。それを実感したのは中学の部活動でゴールキーパーをやっていたときに嫌というほど味わった。さらにオーストラリアでも車で二度事故を起こし結構なお金を無駄にしてしまった。そういった過去の思いも思い出して、結構辛い感じになって、早く部屋になってベットの上で身体を丸めて涙を流したいくらいに思ってしまった。
つまり、落ちたいなぁって自分から思った。でも、結局落ちることはなかった。やっぱり自己憐憫って気持ちがよかったのかな… でもその気持いい方に行かなかったのは何故なのだろう。気持ちがいいならそっちに行ってもいいじゃないかと思う。
この辺りが自分としても不思議に感じる。でも、もしかしたらこれが成長なのかなとも思う。
心がしなやかになったのかもしれない。


12連勤が終わって、上記のこともあり、身も心も疲労困憊状態になり、能動的なことは何も出来ないくらいに疲れ果てた。こんな状態は久々である。
なんで、今回の休みはひたすらにダラダラしようと決めた。ひたすらにダラダラしないと回復しないパラメータゲージってあるものよね。

まぁ、そんな状況でも何かしたいと思うわけでこのブログにやってきました。
日々は止め処無く、容赦しないで流れていく、淡々としたものです。こんな感じで9月まで暮らしていくのだろうか。

あ、でも日常生活は充実しているなぁと思う。旅をしてたときよりも充実感を感じている。きっとこの生活もこの先の人生の土台になっていくのだろう。

そんな感じで、カナダ、イエローナイフにて生きていく。

自分の部屋より。

Goodbye My Dear Sunken Days.


ブログ、久しぶり〜と思ったら今月の頭に更新してたんだな。
さてさて、イエローナイフの生活もだいぶ落ち着いてきました。
引っ越して18日目。とても久々の定住生活。
長かったら、来年の8月いっぱいくらいまで住む可能性も充分にある。
そ〜考えると長いものだ。けれど、休日の一日があっという間に終わるように(本日5連休最終日) 
その日になってみたらあっという間にしか思えないんだろうな。

さて、このブログは誰に宣伝することもなく、極々個人的に行っている営みだが、
書く労力を考えると、もう少し色んな人に見てもらってもいいじゃないかとも思う。
そこで、もう少し皆さんの役に立つような事柄があればnoteに更新していこうと決めた。
別に全く役に立たない雑文でも公開できるような内容であれば公開していこう。
ネタさえあれば、1500文字以下くらいの記事は一時間くらいで書ける。
今は全然反響がないが、地道にやっていこうと思う。何かにつながるだろうか。
とにかく、日常に手応えがないと充実した気になれないのでアウトプットすることは続けていこうと思う。それは何かをやった手応え少しはつながる。
今日で3日連続の更新となる。やったね!

次はお仕事のこと。
三度目のワーキングホリデーにてやっと理想的な職場に巡り合ったように思う。
ワーキングホリデー生活がこんなにうまい具合に滑り出したのははじめてのことだ。
家族経営的なとこで、もろにローカル。さらに多角的に商売経営をしているようで、ランドスケープという名目だが、職場はタイヤクラフトでタイヤの修理交換を行っている。
なのでその手伝いもけっこうやっているのだった。こいった新しい体験や覚えているとこれから役に立つようなことが出来ていてとても嬉しく思う。
また、最近はボスの長男のWの部屋の改装の手伝いなぞも行っている。
それと空港でお土産屋もやっているようでそこで使う棚のヤスリがけなぞもした。
一言で言えば、このファミリーの(言葉は悪いが)雑用を手伝っているような感じである。
さらに夏になるとナーサリーをやったりプラントも売ったりしてるよう。
石鹸作りなんかもやってて(それ用のスタッフが一人いる)お店で売らなくなった商品をもらったりもした。
クリスマス前の最後の一日なぞ、職場でクリスマスパーティーを開いてもらい、名前入りのネルシャツなぞもギフトとして頂いた。

そんな感じで大変良い思いをさしてもらっている。英語も満足に話せないのに雇ってもらえて本当にありがたい話である。
こうして海外でしっかりと自分の力で生きていくことは自信をやしなっていくことにつながるなぁと日々感じている。
上を見たらキリがないが、こうして海外でなんやかんやとやっていけているのは、実はすごいこなんじゃないだろうかと思ったりもする。もちろん、それで満足はしないけれど。労いじゃないけど、たまには自分で自分のことをそういう目線で眺めてやってもいいじゃないだろうか。

仕事の形態はフルタイムで月曜日〜金曜日、朝8時から17時まで。仕事のないときは早あがりになるときも多々ある。
思えばこういう定住生活は去年東京にいたときぶりであるなぁ。今年、インドを旅していたときは移動に疲れてしまっていたフシがあった。
なんで、入った初日は自分の部屋がゲット出来たことが嬉しくて嬉しくて踊ってたよね。
住んでる家は結構いい感じなのだが、難点は寒いこと。外が寒い分、部屋の中くらいラフなカッコでいたいのだが、部屋の中でもサーマルウェアを履いて膝にブランケットをかけないとやりきれないような態になっている。
部屋の中にいるにもかかわらず、活動が鈍ったり、ベッドの上にいって布団でもかけないとやってられないこともある。
足元も寒くなるので、調理用の鍋に熱湯を入れ湯たんぽみたいにして凌いでいる。おとといなんか寒さに耐えられず、足湯なんかもしたよね。

まぁ、そんなことはどうでもいい。冒頭にも書いたがこれからここに半年以上もいると思うと長げぇ〜なぁ〜と嘆きたくなるような心境である。
収まるとこに収まって、自分がいるべき場所にい、人生が調和している気もしなくもないが、あと一押し足りない感覚はある。それがなにかもわかりきってる。ないものねだりのだけどね。それが長いなぁと思わせる要因に充分になっている。

(おそらく)来年カリフォルニアへ行くまで、ここで何が出来るだろうか。
気の早い話だけど、来年の12月は日本に一度帰ったあと、ゴアにでも行って一発かましてやりたい気持ちになっている。車を買ってこっからカリフォルニアへ行くことも夢想している。

それまで、ここに住んでる間になんやかんやと色々なことが起きるだろう。いや、どうだろう笑”
とにかく、合言葉は「自分に負けないように」かな。
いや、もうひとつ、具体的に目標を書いておくか。それはやはり文章作品の完成だろうか。
もう何年も完成させたいと願いつつも芳しくは進まない。だから取り掛かるべきというのはわかってはいるのだが、然るべきタイミングが訪れることなしには、完成させられない。
だから、その然るべきタイミングを最高の形で迎えられるように生活を心持ちを作っていきたいと切に思うのだ。

この記事が今年最後の更新になる。平成最後の冬も流れていく。

カナダ、イエローナイフ、ジブコの家、自分の部屋より。
今年は9月に海外に出てから読書量が全然伸びなかったなぁ〜。




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